Tomoro Kawai Solo TOPOS Highland 2015_05 H.R

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川合朋郎 Tomoro Kawai Solo
01,August.2015 – 31,August.2015
11:00 ~ 20:00
at Haricot Rouge
トポス高地 アリコ・ルージュ 2015 05
TOPOOS Highland Haricot Rouge 2015
欧風家庭料理店「アリコ・ルージュ」
長野県飯綱町川上 2755 飯綱東高原 飯綱高原ゴルフコース前
phone 026-253-7551
営業時間12時~20時30分
休館・定休日 火曜
http://homepage3.nifty.com/haricot/

川合朋一郎展示作品リスト (600KB)


 

 探検家の角幡唯介も音楽家の平松良太も画家の川合朋郎も、ブランチング寄稿者の山本正人も、辰年の1976年生まれだったということが、こちらのどこかで符合して腑に落ちる夏の日があった。偶さか音楽家のセカンドアルバムから言説を構想し、夜空を見上げて話した画家の作品展示を終え、探検家のドキュメントをまた捲りはじめ、手元に集った彼ら「男たち」の正体を見極める気持ちで、山本の朴訥なエッセイを辿っていた。

 わたしとは十八も年齢の異なる世代であり、彼らの生まれる時こちらは高校の卒業の頃で、七十年代の緩い厭世と無頓着を甘く転がす青い田舎者は髪を伸ばして絵などを描いていたわけだが、彼らが十八になる1994年は、ルワンダのジェノサイドが始まるなどある種残酷な世紀末が長々と始まっており、オウムの松本サリン事件もこの年だった。世代の異なる青いけれど世界をはじめて見渡すような時節を比較してあれこれ示唆するつもりなど毛頭ないけれども、どうも人間の自立に関する社会的な環境は、それを真摯に受け止める側にしてみれば、当事者にとって余程大きな要素とはなる。1976年生まれということが、何か特別な普遍性に支えられていると考える神秘的な好奇心はない。彼らの人生の決定の仕方として表象された形態を受け止めることができた現在において、それが私にとって何かしら固有で普遍へ導く倫理の手助けとなるベクトルとなって刺激されている。

 画家の新作の「雪男」は、まるで探検家角幡の「雪男は向こうからやってきた」(2012)の改訂版の表紙のようであり、音楽家の新曲に耳を澄まして画家の「雷」を時折振り返るように朝方迄みつめ、山本の四人目の誕生報告を憶いだしていた。彼らは宛ら森に落ちている枝のように「それでしかない」あるがままの態を誇らしく晒している点が似通っている。

 どうやら「男たち」は、団塊の世代からアダルトチルドレンまで多岐に渉って閉塞する「雄」の系譜進捗の中で、時折フィジカルとメンタルを突き抜ける実直さが結晶化したようだった。それはここで併置した四名の交錯点など無い異なる地平に離れて孤立するかにぽつんぽつんと堅くなり、世相の騒々しさや余計を切り捨てる容赦ない実存として光を放ちはじめている。「哀れな男たち」と揶揄すらされない退化の種と自覚する老化もあるらしい現在において、平安から鎌倉の展開期に顕われた獰猛な実直を示す「男たち」が、ようやく姿を顕しはじめた気がする。

文責 町田哲也


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