About

トポスとは

 作品が実現される場所そのものを制作者の「動機」とし、その場所への固有な「アプローチ」を考えられないか。
場所を訪れ出会う人々の検証・参加が加わることで、「考えられている場所」「考え続ける場所」という社会的場所性(時空環境)が生まれ、つくられたもの自体(作品化=アプローチ)の行方も、これまでと違った変異の行方が示され、位相(抽象空間(集合)に見いだす構造(部分集合)。トポロジー的把握)が起こるのではないか。
こうした問いによってトポスは発想された。
 トポスに依頼招聘する作家各位参画を派閥カテゴライズするものではなく、グループとして表象するものではない。都度「場所」へ新しく臨む姿勢をこのプロジェクトは示すだけであり、その実現は交錯して広がる多様な変容を含むものとする。
 Art Space FLATFILE の協力恊働で、FLATFILESLASH倉庫ギャラリーにおいて、トポス参画作家作品販売を目的とする企画を重層的に取り組む。

サイトスペシフィックとの差異

 特定の場所に存在するために制作された美術作品および経過を示し、一般に、美術作品を設計し制作する間制作者は場所を考慮する広義のサイトスペシフィック・アートと、トポスとの差異は、場所を限定的な意味に固定するか否かであり、例えば恒久的に設置された彫刻や造園またはガーデンデザイン的なランドスケープ・アーキテクチャーやインスタレーションの多くは場所の把握の凍結、作家による変容・空間の変質であり、場所の継続的探求とは言えない。トポスの行方は、むしろ作家たちの場所の理解を示し続けるビヘイビアとして明らかにされる性格によって開拓され、しばしば間違いもはらむ修正可能な実験的な試行によって照らされる。

コンセプト

 美術家、造形作家、画家、彫刻家など、ものをつくる人は、生きる時代の香りをすって、本来は自由であるべきで、そういう意味で「個人主義」というオリジナリティーに執心し、個人的なテーマ、素材、イメージに基づいた、固有の表現に生を捧げているわけですが、そのオリジナルティーが牽引する先進性、成熟した技術、共有を促す世界観など、社会が必要としているわけではないという前提があります。

 社会の必要とは、例えば、想定外対応マニュアル、災害などの危機対応、高齢者の保護、教育、食物など多岐に渡りますが、そもそも美術的な創作アプローチは、個人的な探求心や時代的な特例をのぞけば、対外的には平常時の「癒し」と「知的好奇心の促し」に広がると考えていいでしょう。あるいは、パーソナルな意思疎通、個から個への言葉では伝わらない感覚の共有もあるかもしれない。勿論、稀にエポックメイキングな普遍性を纏う瞬間もあります。

 いずれにしろ、クライアントの擁護要請に従いながら腕を磨いた過去の技芸者とは異なった立場で、安定的な社会の擁護 (趣味的・副業的継続) を受け、自在勝手に気侭に展開しているといっていい。誤解をおそれずに言えば、勝手なものを勝手につくってランダムな対象にそれを販売し、それを営みとしているわけです。この状況の脆弱さは、「幸せ」である世界の内側に於いて成立するものにすぎないという点です。この国では現代において本質的な意味でのプロの美術家は、稀に存在する程度です。

 映画製作者は、あらかじめ制作費をかき集め、それを返済するリスクを背負って、作品制作するわけですが、そういったリスクマネジメントなど、この国の美術家の自立過程では重要視されなかった。「良い悪い」という作品体裁とその技術などを純粋培養する教養主義的な入れ物の構築が先行し、辛うじて存在保護された作家自体もそれに甘えるような文脈が多々あります。映画という表象が監督名にて著作明示されるけれども大勢の人間の作業結集によって結実し、最初から最後まで個人で実現の責任を担う美術家と、構造的な意味は違いますが、それにしても、どこか欠落感のあるこの国の、ものをつくる人たちの在り方に対して、「場所」への責任参画を考えることで何か大きな変異、位相が起こるのではないかと考えたわけです。

 場所が、ものをつくる人にとって、単なるスペースではない、制作の「基本動機」のひとつに加えることで、その場所へのオマージュ、リスペクト、というスタンスをはじめ、その場所でなくてはならない限定的で固有なアプローチを、「宿題」のごとく参加作家は課題共有することになります。加えて、繰り返す「継続」がもたらす、場所への作家自らのアプローチの鍛錬自体が、これまでを検証する契機ともなり、作家相互の意識(センス)を刺激し、訪れる観客の印象・観想・批判・参加がそこに共有されることで、「考えられている場所」「考え続ける場所」という新たな属性が生まれるのではないか。それを眺めることで、場所自体も作家も新しい環境という社会性を帯びるのではないか。はじまりにおいてものをつくる人間がいるのではなくて、場所があることをはじまりに置くということです。加えて重要なのは、その構想を支える構造であり、作品販売システムでもあります。トポスでは、無償(趣味的)のアプローチをすべきと考えていません。作品を商品と捉え互恵的な継続可能性(制作者は構想ー作品ーの売却によって更なる構想を継続できる)というレヴェルでの、トポスマーケットを積極的に試みます。

 選び出した場所は、無機的匿名性を誇る単なる箱ではなく、自立した営みとポリシーが構築されている性格のものとなり、各オーナーのご理解を得て開催の運びとなった次第です。

 未曾有甚大な災害を社会が受け止める時と重なり、作品の共同体への社会的な意味機能を参加作家各位が真摯に実現するしかない状況となりました。不健全から新しい健全の提案。あるいは、被災者を受け止める共同体の再構築。あるいは記憶化。など、個人的な思惑から一層離れた社会的な責務とも感じられる、作品制作態度の鮮明化に、参加作家各位は対応して試みます。

文責 / 町田哲也 / トポス企画統括