Ami Imai TOPOS highland 2015_01 H.R

投稿日:

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今井あみ Ami Imai Solo
「電話で会話するように」
01,April.2015 – 30,April.2015
11:00 ~ 20:00
at Haricot Rouge
トポス高地 アリコ・ルージュ 2015 01
TOPOOS Highland Haricot Rouge 2015
欧風家庭料理店「アリコ・ルージュ」
長野県飯綱町川上 2755 飯綱東高原 飯綱高原ゴルフコース前
phone 026-253-7551
営業時間12時~20時30分
休館・定休日 火曜

http://homepage3.nifty.com/haricot/

今井あみ展示作品価格表 >> PDF (530KB)


ステートメント:

手応えが欲しかった。
手で実際に掴める、頑張った量だけ目に見える形で
想像を越えるような宇宙も、目に見えないくらい小さな世界も
わたしにとっては架空の話。

日本史だって、つくりばなしだと思っていた。
京都へ行って金閣寺を見て、初めてあぁほんとうのことだったんだ、って。

さっき感じた悔しさは目に見えないから。
今日感じた春のにおいは手で掴めないから。
目に見える形にして、手で掴める形にして、
納得したい。

文 / 今井あみ


040115 from toposnet on Vimeo.


042915 from toposnet on Vimeo.


 一年前から最近迄は只管指先の小さな反復を繰り返す、紬仕事のような脅迫神経症のような平面(絵画)に取憑かれたようだった若い画家(私の長女と同じ年齢)はこの春あっさりと電話で話しながらとりとめもなく筆を遊ばせたものを並べた。
 作品自体のことをあれこれ指摘するには、画家が若すぎるし、作品も未熟すぎる。では成熟を待つべきかというと、それは間違っている。未熟と不安定こそが示す瑞々しさというものがあり、そこが基本と成る豊穣な発生の場所であるからで、某らの完成を待つまでその過程をなどと隠す必要などない。まだ未婚の女性が生きる手段として職(画家としてではなく)を得て日々を過ごしながらその横で(あるいは働きながらも)、絵を描き考えるという自己を既に得ていることについて、本人はその危うい「なぜこんなことをするのか」という情動を不安げに過ごしていると吐露した。やがて、作品を提示した環境で、作品が自分自身として、固有名のように伝達されることを実感し、あるいは交換され相手に届くことを経験しながら、「伝えることは何か」「自分とは何か」「一体なにをしているのか。なにを考えているのか」といったことを学習していく。

 画家の作業が趣味的な行為でないということは、制作した作品を命名し価格を設定し提供(交換)するシステム(何処で如何様に)を踏まえた表出に関わるまでを、制作の過程として捉えることであり、それは例えばまとまったボリュームの制作時間をラッピングし、画家自身が客観を得て、観る者と同じ土俵に立つことであるから、偏執的なバイアスをゴリ押しする傲慢な仕草は剥ぎ取られる。素材や手法を幾度も試みて画家の本性に促される適合を探索しながら、画家は画家となっていくしかない。12点とした展開は、累々と描かれたものからの選別であり、継続してきた小さな丸の集積反復の展開の同時展示も考えていたようだが、今回は見送ったという。この季節の時間の、絵を描いた時間を率直に示すことでしかないという姿勢がくっきりと現れる作品であることが、画家の資質を示している。

 いずれにしても、大袈裟に自身の作品自体を悩むことに頓着するよりも(そうした自己告白を表出するのではなく)、今回のこうした表出で可能となった時空間での交換と出会いによって、次の展開、明日の制作を戦略的に構想する契機として楽観的に捉えて、柔軟でしなやかな画家としての力を蓄えてほしい。制作継続すれば、画家の作品がいずれこの地域の希有な藝術コンテンツとして認知される時が来るだろう。

 追記として、アリコ・ルージュのオーナー徳武さんは、女性の方は元気があっていいわと、その色彩に彩どられ明るくなった空間に悦んだ。

文責 / 町田哲也
 


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